猫の肉球がぷにぷになのは、あたりまえのことではない。
5年前、黒猫を保護した。
日に日に暑さが増していく7月のある日。家の前の道を白い猫が足を引きずりながら歩いていた。それを見た途端とっさに体が動き、皿にカリカリンと軽快な音とともにごはんを流し込むと、玄関まで走りドアを勢いよく開けた。その音に驚いた白い猫は一瞬動きを止めてこちらを見る。
「おいで。ごはんあるよ。お腹空いてるでしょ?ケガしてるの?大丈夫?」
そんなこと言ったって通じるわけはなかった。猫はそのまま足を引きずりながらまた歩き出した。私は持っていたごはんの皿を玄関の前に置いた。その猫がまたいつ戻ってきても食べられるように。
翌朝、いつものようにうちの猫たちにごはんをあげていたとき、外に置いたごはんの皿を思い出した。玄関を開けて皿をみると、空っぽになっていた。「あっ、食べてくれたんだ!よかったよかった。」きっとあの子がまた戻ってきて、ごはんを食べてくれたんだ。そう思った私はそれから毎晩、ごはんを玄関の前に置くようになった。毎朝ごはんの皿はキレイになってはいたが、姿を見ることは一度もなかった。
ある日の夜、日課のようにごはん皿を玄関の前に置いた。トイレに行ったときだったか、ふと玄関のあかりがついているのに気づいた。玄関ポーチのライトはセンサーライトになっていて、猫のような小さな動物でも、センサーが感知するようになっている。
「おっ、いる!ごはん食べてるかも!」
姿をみたい一心で、そーっと泥棒のように物音を立てないように玄関へ向かい、焦る気持ちを抑えながら、細心の注意をはらってカギをまわす。怖がって逃げないように、ゆっくりドアを開けると…そこにいたのはお目目をまんまるにした黒猫だった。
てっきり足を引きずっていたあの白い猫がごはんを食べに来ていると思っていた私。思わず…
「ん?あれ?ごはん食べてたの、あなただった?」と黒猫に話しかける。
ずっと猫違いしていた。白とは正反対の色の猫が目の前にいたので、すこし頭が混乱したが、はじめての黒猫にドキドキしたことを覚えている。
これが黒猫サチ子との出会いだった。

その日から毎日、すこしずつ距離を縮めながら、あやしい行動はせずにただごはんをあげ続けた。玄関の前から玄関の中。扉を閉めるとパニックになり築いてきた信頼が一気に不信感に変わってしまうので、ストッパーで逃げ道を確保しながら玄関の中でひとやすみしていけるようにまでなった。そして、雪がちらつきはじめた12月、その子を家の中へと入れた。
何が起こったのかわからず、ようやく私という人間を信じられるようになっていたのに、裏切られたような気分だったのかもしれない。いままで優しかったのに、いきなり捕まえられて小さな檻にいれられた黒猫は不安でたまらなかっただろう。何日かずっと鳴いていた。少し落ち着いたのもつかの間、病院へ連れて行かれてからだを触られ、血をとられ、一度落ち着いた不安がまた戻ってくる。それだけではない、やけに壁の高い一面白くつるつるとして、爪も引っかけられないような冷たい場所で水浸しにされる。声がかすれてしまうぐらい、絶叫で絶え間なく叫んでいた。
たくさんの不安や怖い出来事を経て、ノラの黒猫はイエ猫サチ子へとなっていった。
2、3か月もすると家の中の暮らしにもすこしずつ慣れてきて、くつろげるようになってきた。まだ多少の警戒はするけれど、私に危険がないこともわかってきたようにみえる。きれいでツヤツヤになった黒い毛も撫でさせてもらえるようになった。
「もう過酷な外の環境で暮らさなくてもいいんだよ、よかったね」
幸せを分かちあいたくて手をとると、硬くごわごわとした肉球に驚いた。そこに私のしっている肉球の感触はなかったのだ。サチ子の肉球は見るからにがさがさで、本当なら黒い肉球もひび割れて白っぽくなっていた。ぷにぷにのぷの字もない、弾力を失ったグミのようにかたくカチカチだった。しかし、その肉球こそが外の世界で懸命に歩いて生きてきた証だったのだ。
もし私たちが靴も履かず、裸足で外を歩いていたなら、サチ子のように足の裏はガッチガチになっていたことだろう。しかし、そのまえにそんな過酷な環境に耐えられるのだろうか?夏は鉄板のように熱くなるアスファルトの上や、一瞬で感覚がなくなるような氷と化す冬の道。それだけではない、たくさんのいばらの道を歩いてきた猫はやっぱりすごいと思う。外で生まれて外で生きる猫たちにとってはあたりまえのことかもしれない。でも、過酷であることには変わりはない。そんなたくましく生きる猫たち、世界中にいる名もなき猫たちが、みんな名前を持ち幸せに生きて欲しい。もし神様が願いをひとつだけ叶えてくれるなら、世界中にいる猫たちの肉球がぷにぷにになるような暮らしを与えて欲しい。そう私は願うだろう。
あれから5年、サチ子の肉球は今日もぷにぷにしている。



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