【猫エッセイ】梅酒と猫と誕生日

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6月に入るとスーパーに青梅が並びはじめる。数年前に初めて梅酒をつくりはじめてから、なんとなく義務感にかられて毎年梅酒を作っている。

作っているといっても、自分の家の庭に梅の木があって、毎年実になるからしかたなくとかではない。だから正確には、梅と氷砂糖と焼酎を混ぜて梅酒にしている。という感覚のほうが近いかもしれない。

今年は梅を買うタイミングが悪かった。買い物へ行くたびに梅を目にしてはいたが、まだ大丈夫。今度今度といっては後回しにしていた。梅を買ったら、すぐ梅酒を作らないとあっという間に腐ってしまうからだ。
その日、私は実家のある町に用事があって朝から車を走らせた。30分も走れば行ける町なのに、あまり実家には顔を出さないでいた。用事が済むとお昼が近かった。久々に小さい頃からよく通っていた馴染のスーパーに寄る。店に入ると、粒は小さいがプリっと弾力の良さそうな青々とした梅が数袋、入り口に置かれていた。それを見るや否や、何も考えずにカゴへ入れた。店を一周してせっかくだから実家にも顔を出そうと、自分のお昼ごはんとデザートのフルーサンド、両親の分と3つ買って実家へ向かった。

ものすごく久しぶりで、なんとなく、どう家に入っていいのか戸惑うぐらいだった。一応ピンポンを鳴らしてガラガラと思いガラスの引き戸を開ける。「こんにちは」自分の実家なのに。「はーい」と父が顔を出す。そこには、私の戸惑いなど何だったのかと思うぐらい、普通の両親が迎えてくれた。私が買ってきたものをテーブルの上に並べ、フルーツサンドを冷蔵庫へ入れる。買ってきたお昼ごはんを食べていると、母が作り置きしていたおかずをどんどん並べていく。「肉じゃが食べる?」食べるとも言わないうちに、「ちょっとあっためたほうがいいね」と鍋を火にかける。チンではない温め方だけて嬉しくなる。これが実家だ。何の会話をしたのかあまりよく覚えていないが、2~3時間はいただろうか。

「どれ、まず帰るね。また来るから」とつげて実家を後にした。家の前に停めておいた車の中は、6月なのにサウナ以上になっていた。

「あっ、青梅!」

車の中に忘れ去られた、せっかく買った青梅が袋の中で汗だくになっていた。あんなに何度も後回しにしてやっとこさ買ったのに、これだ。何もこんな日に買わなくてもよかったんだ。今日こそまた今度にするべきだった。家に帰ってすぐに野菜室へとりあえず入れてみた。
翌朝、あんなにきれいな若い青梅が、玉手箱を開けてしまったかのように黒ずんで冷えていた。ごめんなさいと精一杯の謝罪の気持ちを込めながらゴミ箱へそっと入れた。

それからしばらくして7月に入り、梅もスーパーから消えかかっていた。逃してはならないと思い、明日が休みという日にまた梅を買った。またダメにするわけにはいかない。買った次の日に梅たちを袋から解放し、さっと洗ってヘタをとる。つまようじで梅のおしりに残っているわずかなヘタを取らないと、ビンの中で小さなゴミみたいに浮いていたり、雑味が出てしまうらしい。まるでへそのゴマをとるようなこの作業が好きだったりする。

水気をしっかり拭いて並べていると、うちの長女のヒメ子がやってきた。何にでも興味をしめすこの子は、私の特別な相棒。強く優しく、ほかの猫たちの母であり姉であり頼もしい存在なのだ。みんなの前では頼れる存在も、私の前ではかわいい娘になる。「何してるの?これ何?食べるの?遊ぶの?」と聞こえてきそうなぐらい、青梅のそばではしゃいでいる。「そういえば、あなた明日誕生日だね」いつもは6月中に梅酒を作ってしまうので、長女の誕生日と重なることはない。9歳の誕生日、青梅と一緒にまたひとつ思い出が増える。

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